ゼロから売れっ子占い師になるためのメソッド 第2回

ゼロから売れっ子占い師になるためのメソッド 第2回
今年で占いを始めて14年目になる筆者が、ゼロから占い師を目指す人のためへのメソッドをレクチャーするコラム。地方アーケードの路上でワンコイン(500円)占いからスタートした経歴の持ち主ゆえの、占い師として活躍するための誰でもできる方法論を拙著より抜粋し余すことなくお伝えいたします。今回は第2回「筆者のエピソード~挫折編~」についてご紹介いたします。

大きな挫折

その後私は、20歳からの夢であった弁護士を目指して、
法科大学院に進学し、しばらく占いとは無縁の生活を送っていました。

7年間に渡る勉強漬けの日々…

けれど、自分の心の中には、
占い師としてやっていた時ほどの「熱さ」は無かったかもしれません。

結局、7回トライした司法試験に受からず、
そのまま公務員試験に流れることに。

結局、市役所の職員に合格しました。

しかし、その時にはもうすでに、私の心の中には
「占い師としてやっていきたい!」
という思いが強くありました。

そこで、親の反対を押し切って、
半ば勘当のような形で家を飛び出し、
鹿児島で占いサロンを開こうと決意したのでした。

当時の親の心情からすると、とても残念に思ったことでしょう。

弁護士になると言っていた一人息子が、
夢やぶれ公務員を蹴って

占い師になると言い出すのですから…。

そして、大学院時代の友人も離れていきました。
中には「恥を知れ!」と怒鳴ってくれた友人もいます。

しかし私は、半年で結果を出して、
親や友人を説得するくらいのつもりで
一人暮らしを始めました。

 

占い師としてのデビュー

私は、占い師は独立したての頃は、
専業で食べていくことはできないと聞いていました。

大抵の人は、占いスクールに通うか、先生につくか、
占いの館などに属した後、独立するからです。

しかし、私の場合、半年と決めて動き始めたので、
そんな悠長なことはできなませんでした。

資金は30万円。

これが尽きたらおしまいです・・・

私の場合は独学でやってきたので、ある程度の自信はありましたが、
それでも不安でいっぱいの日々でした。

いつサロンが潰れてもおかしくありません。

そこで、天文館という鹿児島のアーケード街で、
路上占いを週末だけやってみました。

すると・・・

全く告知なしで「20人もの長蛇の列」が
できてしまったのです!

もちろん料金は10分500円という
ワンコインのお手軽さによるものかもしれません。

それでも、100円の時代を経験している私にとっては、
これ以上ない喜びでした!

結局3時間で1万円を稼ぎ、
私の中にはひとつの確信が芽生えました。
「これはいける!」
という確信です。

その後、サロンも無事にオープンし、
私の占い師としての人生が
2010年10月24日
にスタートしたのです。

つづく。

(脇田尚揮/ミンストレールグループ代表理事)

株式会社 ヒューマン・ライフ出版 代表取締役 ミンストレールグループ 代表理事 株式会社 人とくらしラボ 取締役 占い歴15年、心理カウンセラー、首座僧侶、企業危機管理士 現在30社の取締役・顧問を務める。

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