川畑誠志の介護・障害経営戦略⑥
~日本から「介護」が無くなる日~

今では当たり前に使われている「介護」という言葉。実はその定義は様々で、いろんな意味を含んでいる。そして今、地域共生社会実現に向けた動きの中で、この言葉が無くなるべき時を迎えているのではないか、と私は考えている。

いま一度立ち止まり、改めて「介護」とは何か?を考察し、今後の地域共生社会実現に向けた福祉サービスのあり方について考えてみたい。

「介護」の語源

「介護」という言葉は明治期、旧陸軍の傷兵院や廃兵院で用いられた言葉がルーツとされる。「介助+看護」の造語のような言葉だった。「介」も「護」も、守って世話をしてあげるという意味だ。

最近の辞書で調べると「高齢者・病人などを介抱し、日常生活を助けること」とある。社会福祉学辞典で見ると「高齢者や障害者を世話すること」。これが一般的に認知されている意味ということになる。

ただ専門職の皆様から見て、この説明が正確に全体像を言い表せてはいるとは感じないであろう。社会事業学校連盟は「専門的な対人援助を基盤に、生活の自立を図る」とあり、あるべき捉え方に近づいてくる。

とはいえ現状では「介護=お世話する」の意味として認識されており、「介護職の専門性」を論じる以前に、「介護」という言葉で良いのか?と感じてしまうのである。

介護と高齢者福祉、地域福祉

高齢者福祉とは、高齢者の生活を支える社会資源や諸制度など、暮らしの仕組みのことを指す。所得、住まい、医療、生活支援など、幅広い意味を持つ言葉だ。

一方で介護は、高齢者福祉の一要素である生活支援を意味していたが、介護保険制度の発展によって、広く一般的に認知される言葉になり、高齢者福祉全般を意味するように利用されはじめた。本来的な意味では介護は高齢者福祉の一部分ということになる。

地域福祉とは、年齢に関係なく、地域で暮らす人々が、生活課題を持ちながらも社会資源を活用し、自立的、主体的に生活できる仕組みを作ることだ。高齢者福祉が目指す方向性と合致している。

さまざまな意味に使われる「介護」

「介護」という言葉、現在は日常的に無意識に、様々な意味で使われる。

「〇〇介護協会」これは介護事業経営に関わる業界団体の場合が多く「介護=介護事業者」の意味と言える。「介護問題」と言えば、要介護者や家族の暮らしの問題だったり、社会の高齢化問題だったり、介護サービスの問題だったりする。「介護」この漢字2文字が、使う人によって様々な意味を持つようになってきた。

ここで重要なのは、言葉を使った人と、それを見聞きする人とで、理解が異なる場合があるということだ。「介護の問題について話そう」と言った時、経営者、従事者、家族と立場が違えば、その捉え方は全く違ってくる。

昔「介護」って言葉があったね!

元来、65歳以上の人への生活支援だけを指して、なぜ「介護」と呼ぶ必要があったのだろう?それはもちろん、介護保険制度ができたからだ。ただ現在では、障がい福祉制度と介護保険制度を65歳で切り分ける理由が不明確になり、制度やサービスの連続性が重要視されるようになった。

そして近い将来、この年齢区分は撤廃され、障がい者も高齢者も、統一の保険制度の中でサービス提供されるであろうことが確実視されている。そうなった時、「介護」という言葉はどんな意味を持つのだろうか?

「昔、65歳以上の人への生活支援サービスのことを、介護って呼んでいた時代があったらしいね。」「なぜ65歳以上だけ別だったのだろう?」2050年の私たちの後輩たちは、こんな会話をしているのかもしれない。

介護制度から生活支援制度へ。「介護する」から「支援する」へ。言葉の原点回帰が必要であるように思えてならない。

今も残る違和感用語

福祉全般を見渡すと、今となっては違和感を感じる言葉が、まだ多数残っている。法律用語に用いられ、言い換えが容易ではない言葉も多いが、専門職としては気を付けたい。

例えば「児童」。これは児も童も「半人前」「不完全」を意味する漢字だ。「子供」の「供」は付き従う人という意味。そもそも「子どもの権利条約」の正式名が「児童の権利に関する条約」となっている。できれば言い換えたい。逆に「人に成る」と書いて「成人」も、ちょっと違和感ではある。

「障害者」という言葉も違和感だ。特に「害」は使いづらい。

「特別養護老人ホーム」はどうだろう?「特別に養い護られなければ暮らせない高齢者の家」という言葉だ。「トクヨウ」なんてニックネームで呼ばれたりしているが、ちょっとショッキングな名前だ。名が体を表すことも重要だが、シンプルに「シニアホームA型」くらいでも良いのではないかと感じる。

地域共生社会と自立助長

地域共生社会実現に向けて、介護保険制度と障がい者支援制度が統合される時、私たち介護事業者の果たすべき役割は明確だ。年齢に関係なく、生活上の福祉ニーズを有する地域住民に対して、シームレスな生活支援サービスを提供し、豊かな地域生活の継続を実現すること。

その意味で、全ての介護サービスは、共生化の他に進むべき道はないのではないかと考えている。年齢区分をなくし、広く地域住民のお役に立つサービスの実現に向けて、進化する必要がある。

近年、自立支援介護という言葉が新たに登場した。直訳すると「自立を促すお世話」となり、意味が少し不明確だ。以前から「エンパワメント(自立助長)」と呼ばれる言葉を言い換えた形だ。福祉の専門職として、当事者の自立(自律)を促すことは支援の大前提であるが、介護事業の中でそれをあえて強調し、再認識するための造語と言える。

共生化で高まる存在感

介護事業者には、共生化に進む上で一つの見えざる壁がある。それは「障がい者への専門性不足」と思い込んでいるマインドである。これは以前、看取り支援の導入に壁があったことに似ている。やれることから積み上げるほかないのではなかろうか。

そしてサービスの共生化を実現した時、自社の事業領域が飛躍的に拡大することに気づく。なぜかというと、要介護認定者は全人口の6〜7%さらに中重度者に限定すれば2%前後に過ぎない。しかしアクティブなシニアや障がい者も加えると、地域住民の30〜40%が自社の支援対象者になる。

地域の福祉ニーズを持つ住民へのワンストップ相談支援拠点へと進化すれば、拠点の存在価値は飛躍的に高まり、地域になくてはならない存在となるのだ。支援対象者が2%から30%へと広がるのだから。

まとめ

今回は、言葉にフォーカスして書いてみた。私が申し上げたかったのは言葉の整合性にとどまらず、広く地域共生化の流れの中で、いま制度や仕組みが、時代の大きな転換点を迎えようとしているということ。

2000年に介護保険制度ができた当時と同じくらい、もしくはそれ以上の大転換であると、私は感じている。

介護事業者は今こそ、来るべき大転換時代に備え、種をまき、芽を育てるべき時だ。年齢区分をなくし、広く多世代への支援を実現することで、私たちの未来は大きく広がる。

自社が培ってきた専門性を生かし、地域住民のお役に立つサービスをシームレスに整備することで、何歳でも、どんな生活課題があっても、暮らしを継続できる地域社会を実現すること。それが地域における自社の役割であり、存在理由であるべきだ。

川畑 誠志

日本福祉大学社会福祉学部卒業。社会福祉士。 20代から飲食チェーンの会社に勤務。35歳を機に福祉事業での起業を目指して、介護の現場に従事。新規社会福祉法人の設立に参画し理事に就任。特別養護老人ホームなど5事業所の統括施設長として新規開設に携わる。地域で頑張る小さな介護事業所を支えたいとの思いから独立開業。福祉事業コンサルとして、支援を続けている。 http://kurashi-lab.co.jp/

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