ゆず(広島県尾道市)が運営する介護施設に併設する地域交流室「Co₋Minkanむかいしま」(同)の空間がユニークだ。
目的がなくても誰でも気軽に来ることのできる地域のたまり場として昨年オープン。
開設にあたり密接に携わった、コミュニティデザイナーの内海慎一氏に話を聞いた。
地域と、介護・福祉を近づけたい
グループホーム「ゆずっこ向島」・小規模多機能型居宅介護「ゆずっこホーム むかい島」は、2018年3月に開設。
当時、地域交流室は机と椅子が置かれている程度の単なる広い空間だったという。
ゆずの川原奨二代表はワークショップやチームづくり、地域ブランディングを得意とする内海さんに地域交流スペースの活かし方を相談。
内海さんは「地域の人にとって、介護や福祉は遠い。両者をどう近づけたらいいか、考えた。」
参考にしたのは内海さんと関わりの強いコミュニティデザイナーらによる「Co-Minkan」の活動だ。
その活動コンセプトは、現代の私設公民館、まちの茶の間としての空間を目指すというもので、内海さんの考えと合致。
地域交流室を“Co-Minkanむかいしま”(以下、Co-Minkan)として利用することに。
空間デザインにあたっては、作業療法士としての経験もあり、現在は医療福祉分野の環境デザインに取組む杉本聡恵氏とタッグを組んだ。
「ゆずとして向島に高齢者施設を開設したのは初めてのこと。
地域の人がここをどう見るか、どう使いたいのかを知りたかったため、地域の人たちの声を待ちました」
一方的に何かを用意したり、空間を作ったりしても、地域のニーズに合わなければ使われない。なじまない。
杉本氏とも話し合い、“待つ”ことにした。
Co-Minkanとしての空間を地域に開放。
地域のサークルや団体が使った。
近隣住民が主催する「おしゃべり広場」も定期的に開かれた。
「住民の方がイベント準備のため最初にすることが、持参した花を広げて切って、飾り付けをすることだったんです。
さらにお茶やお菓子を用意して…と、場の雰囲気を作ることがとても上手でした。
だからこそ無機質ではない、生活感のあるあたたかみのあるデザインをと思いました」
積極的にイベントなども開催したことで地域にも認知され始め、“広めの玄関マットが欲しい”といった要望も聞こえてくるようになった。
もちろん、男性にも来てほしい。待つだけでなく、地域にも話を聞いて周った。
ある男性は“血圧計があればここに来るよ”と言った。
そんな声も活かしながら、杉本氏を始め、館長でもある飯干結香管理者とともに空間を創りあげていったという。
再デザインされた空間
Co-Minkanと介護施設としての空間とは、現在は赤いドアで区切られているが、開設当初とは異なるデザインのものだ。
「それまでは、まるでベルリンの壁みたいに、窓のないドアが施設と地域を分け隔てていたんです」
飯干さんは話す。
Co-Minkanが、地域の人が使うようになってほしい一方で、施設側にとっては、そこは“地域交流室”であり“利用者には用のないスペース”となってしまっていた。
そこで、施設利用者が「ドアの向こうに行きたくなる」よう、ドアを含めた空間全般が丁寧に再デザインされたのだ。
内海さんが
「僕たちの活動を他の介護施設にも真似して欲しいから、DIYでもできるレベルを意識して手を入れています」
と説明するように、置かれているモノ―カラフルなマット、ボード、ワゴンなどはどれもホームセンターなどで手に入りやすい素材を使用している。
「要望があれば移動したり、使い方も変えられるよう、用途を固定せず、作りこみすぎないようにしました」(内海さん)。
小物が持つ“介護力”―手元から会話を引き出す―
Co-Minkanの空間は、あらゆるところに仕掛けや工夫があるのだが、小物にも意図がある。
テーブルセンターに使われているのは着物の帯。
机の上には、おはじきを敷き詰めたコースター。
施設から見える場所に地域の人から譲ってもらったという足踏みミシンを置き、窓には藍染のタペストリーを。
その他、レトロな薬箱や古い雑誌など。こうした小物なども“仕掛け”のひとつである。
「若いスタッフや経験が浅いスタッフは高齢者との会話に詰まることがあります。
話題のきっかけづくりになるのが、こうした小物たちなんです」
目線に入るところに小物があることで、利用者自らが話を始める。
スタッフは話を聞くだけで自動的にコミュニケーション能力が高まる。
利用者のライフヒストリーも聞きだすことができる。
例えば、藍染に親しんでいた利用者ならタペストリーに手を伸ばして触れるかもしれない。
顔を上げる、手を伸ばす。
そんな些細な動作でも下を向きがちな高齢者にとっては、筋肉を伸ばすことにつながる。
それとなく置かれている小物に、誰かが引っ掛かる。
どれも作業療法士的観点で設置、配置されているのだという。
飯干さんも小物の効果を実感。
「認知症の症状が進んでいた利用者の方が、着物の帯が置かれているテーブルに腰かけたとき、『とても良いホテルに泊まらせてもらった』と笑顔で話し、環境の影響力を感じました。
普段はあまり自分の思いを言葉にすることが見られない方だったので、その発言に驚きました」(飯干さん)
地域と施設の変化
再デザインも伴い、Co-Minkan開設から一年。
どのような変化があったのだろうか。
飯干さんは語る。
「気になる場所、行ってみたいと思っていた場所から、定期的に“来る”ようになって、地域の方から『何かあったらよろしくね』の声が増えました。
遠慮していた地域の人たちの意見も聞こえるようになりましたし、私以外のスタッフにも積極的に話しかけるようになりました」
仕事終わりにスーパーで買い物をしていると声をかけられることもあり、地域の人たちとなじみの関係になったという。
飯干さんは「この場所がなければ、地域の方とのつながりは希薄なままだったと思います。施設スタッフも、Co-Minkanの活動に以前よりも興味をもつようになりました」と話す。
それはつまり、地域と福祉との距離が縮まったということ。両者が近づいたということだ。
取材したとき、内海さんは「この施設に介護施設ができてラッキーだった、と思ってもらえる私設づくりをしたい」と強く語っていた。
誰もがいつでも行ける場所。必要な時には助けてくれる場所。
そして、楽しい場所。
6月上旬には、小規模多機能を利用している夫婦の、66年ぶりの結婚式がCo-Minkan で行われた。
スタッフによるウェディングチームが発足し、準備に奔走。
当日は、スタッフだけでなく、グループホームの入所者らも参加。涙する参加者もいたという。
Co-Minkanむかいしまは結婚式だって行える。
向島で暮らす人たちにとって「ここがあって良かった」と思える場所に、確実に向かっているはずだ。
(2019年春取材)