嚥下食製造・販売を行う「HOORAYヨロコビゴハン」(広島県尾道市)を主宰している田中恵子代表。
父を在宅で看取った経験とともに、活動を広げている。
話を聞いた。
食べることが大好きだった父の存在 「食べるチカラ」は「生きるチカラ」
2015年、父を在宅介護で看取った。
アルツハイマー型認知症で精神病棟に入院していた時、誤嚥性肺炎を起こし、父は経口摂取が難しくなってしまった。
「たった2週間ほどで寝たきりになってしまったんです。ミイラみたいでした」と当時を振り返る。
田中代表は頻繁に病院に通っていたが、職員は忙しく丁寧なケアをしてくれているとは言えなかったという。
転院し、「嚥下訓練しましょう」と医師から言われたものの、そこでも丁寧な個別ケアをしてくれるわけではない。
「私がソフト食を食べさせていました」
しかし、腸へ細菌が入ってしまったことをきっかけに、とうとう食べることができなくなってしまい、医師からも胃ろうを勧められた。
「祖母が胃ろうをしていたのを父は見ていて、胃ろうを拒否したんです。他の病院や医師にも尋ねましたが、父の体の状態では機能的に口から食べることは難しいと判断されました」
食べることが大好きだった父だからこそ、
「恵子の料理が食べたい」
「何か食べさせてくれ」
と繰り返した。
余命1か月とされていたこともあり、家を借りて父を引き取り、一緒に暮らすことを決意した。
ゼリーすら飲み込むことが難しいけれども、父が食べたいものはゼリーではない。
「もう死んでもいいなら何が食べたい?」
カレーが食べたいと伝えてきた父。
訪問看護は24時間対応してくれる。
万一の際には呼べばいい。
カレーを食べさせることを決意した。
「最期になるかもしれないと、I-Padで動画を撮りながらカレーを食べさせました。すると、父はモグモグと口を動かし飲み込んだんです」
下痢も起こさなかった。
翌日、ヘルパーによるオムツ交換の時には父は自ら足を上げた。
「要介護5だった父の姿とは思えませんでした。ウソ―!とビックリしましたね」
カレーを食べたことをきっかけに、寿司も食べ、とろみをつけた日本酒も飲んだ。
「食べたいものを食べることで父は力が湧いたんでしょうね。好みのヘルパーさんが来たときには会話もして、楽しそうでした」
座位保持もでき、デイサービスにも通うようになり、普通食を出してもらうのも楽しみな様子だった。
「とはいえ、たびたび発熱していましたし、辛そうにしていたことも事実ですが、『父が生きている』という実感がありました」
パンが食べたいとなれば牛乳にパンを浸して食べ、煮魚もやわらかく煮て食べさせた。
「『赤魚でなくて金目鯛がいい』『ごぼうが食べたい』など文句も言われながらでしたが、私の料理を楽しみにしてくれていました」
しかし、死期は確実に近づいていた。
「食べているのに、堕ちていくのが目に見えてわかり、料理をするのが辛くなっていきました」
在宅介護は3か月ほどで幕を閉じた。
余命1か月だったが、それよりも長く生きた。
「亡くなった日も、食べました」
偶然出会った「凍結含浸食」 必要としている人に届けたい
田中代表は飲食店での経験が豊富で、自分で飲食店を経営していた時もあったという。
その後、病院の食事作りの仕事に就いたが、思っていたのとはまったく違った。
「大変でした。
しかも、美味しくないんです。
例えば、鮭の南蛮漬けがあったとしても、だしの素などの調味料を水で溶いたものと共にミキサーにかけるのですから、見た目もすっかり変わっています。
食べ物を食べ物ではないような扱いをしているようで辛かったです」
〇分がゆを〇グラム、といった表示と向き合う日々。
冷めた状態で提供することにも抵抗があった。
「札を眺めながらの流れ作業。食事介助をする人は楽しそうなのに、私は楽しくありませんでした」
病院を退職し、障害者支援センターで介護職員として働き始めた田中さん。
結婚、出産のため仕事を続けることはできなかったが、食事介助などの仕事もあり、楽しかったという。
そしてやがて始まった父の介護だった。
「父の介護を終えた後、しばらく食事作りを楽しめなかったのですが、一昨年くらいから『作るよろこび』が感覚的に戻ってきたんです」
福祉の仕事経験もあることから、ヘルパーをしようかとインターネットで情報を検索していた時に「凍結含浸食」を作ることができる専用調味料があることを知り、どこが作っているのかと調べていったら尾道の隣、福山市にあるクリスタ―コーポレーションという会社だった。
さっそく問い合わせ訪問。直接、その仕組みや作り方を教えてもらったという。
凍結含浸食とは、文字通り食材を凍結させ、酵素を含浸させたもので、その食材の形状を保持したまま、歯茎や舌で簡単につぶせるほどのやわらかさがあるのが特徴。
刻み食やミキサー食に変わる介護食調理技術として注目を集めている、広島県が特許を保有する技術だ。
クリスタ―コーポレーションは県と連携し、この技術を活用。
凍結含浸食の専用調味料の販売等を行っている。
「これがあれば、父はゴボウも食べることができた。私はもっと気楽に食事作りができたはず。
『この技術を必要としている人がいる』と、凍結含浸食の販売を思いついたのですが、どうやって販売すれば良いのか、いろいろ考えました」
凍結含浸するための機械は高額でとても自分では購入できない。
しかし、クリスタ―コーポレーションの計らいで機械を借りることが可能になった。
田中代表は動き出す。
福山に定期的に通い試行錯誤しながら、この春より凍結含浸食の惣菜販売を開始した。
現在は週に一度、やわらか惣菜の販売と普通食のランチ提供を田中代表のご主人が経営している居酒屋で行っている。
オムレツや魚の煮物、青菜のお浸しなどの総菜を試食に出してくれた。
見た目はそのまま。
しかし、口にいれるとどれも驚くほどのやわらかさ。
たくわんは人気商品の一つだという。
「福祉事業所の外食レクリエーションでお店を利用してくれることもありますが、病院、飲食店などでも、凍結含浸食の惣菜販売や食事が提供されれば、喜ぶ人がもっと増えるはず。
私の経験を活かしたい。みんなで良いものを共有し、尾道の福祉向上につながればいいと思います」
サービスを有効活用「在宅介護は悪くない」
「当時は子どもが1歳で大変でしたが、週2回の主治医の往診、日々の訪問看護、ヘルパーの利用で乗り越えることができたのです」
子育てしながら在宅介護ができたのは、訪問介護、訪問看護、デイサービスやショートステイの活用があったから。
弟の結婚式にも参加することができた。
介護が辛いときには、訪問看護師が話を聞いてくれた。
愚痴も聞いてくれた。
「父へ心ない言葉を向けてしまったこともあり、悩んだこともありましたが、看護師やヘルパーさんは『言ってもいいんだよ』と寄り添ってくれました。
在宅介護は大変というイメージがある人が多い。
確かに大変な面もあります。
ですが、福祉サービスを上手に活用することで自分の時間も持てますし、協力してくれる。
頼っていいんです。
家での看取りができたのは本当に良かったと思っています」
そう話す田中代表。
エンゼルケアも、家族みんなですることができた。
父に対して「ありがとう」ときちんと言えた。
そんな経験も伝えたいと思っている。
HOORAYは、応援の「フレー、フレー」が語源の言葉。
「やったー」とバンザイしているイメージで命名した屋号。
ヨロコビを広げたい。