「新」の取組み

社会福祉法人丹緑会(栃木県小山市)が2015年に開設した定員50名の介護付き有料老人ホーム「新」(あらた)は同県下野市の閑静な土地にありながら、日頃多くの地域住民が訪れ、多様なイベントも開催されている。

篠崎一弘常務理事・統括施設長と横木淳平施設長に話を聞いた。

「新」の取組み(上)ハードの仕掛け

住民、業者とコラボ 「共に生活」実現

介護付き有料老人ホーム「新」

敷地内には誰でも利用可能な「CAFÉ くりの実」、「TEPPEN 工房」「あすなろ教室」が併設。

TEPPEN工房はものづくりの居場所として、あすなろ教室は誰もが先生になり教えることのできる場としてともに地域にも開放。

敷地全体にランドスケープデザインが導入されており、樹木や花壇、芝生等が風景に馴染み「まち」としての様相を思わせる。

ハード上に多くの「仕掛け」があるのが特徴的で、施設の監修は青山幸広氏が代表を務めるケアプロデュースRX組が行った。

今では予約も必要なほどランチは人気で、入居者が作った雑貨、ものづくりが得意な地域住民の作品が展示販売されているほか、東日本大震災を機に広まったコミュニティづくりの取組み「みんなの図書館」も導入、地域住民の寄付により多くの図書も置かれている。

カフェの内部

「カフェは口コミで徐々に知れ渡り『隠れ家的カフェ』として雑誌にも掲載されるようになりました。カフェに来て初めてここが老人ホームだと気づくことが多いようです」(篠崎常務理事)「カフェでつながった人と面白いことに取り組みたいという思いもあった」(横木施設長)といい、それがマルシェイベント、絵本作家とのイベントにもつながっている。

カフェ外観

庭に置いてあるコンポストもごみ収集業者とのつながりで始まったといい、入居者が廃材を利用して作った。

コンポスト

「コンポストに興味を持ってもらい、『学校に置きたい。製作してほしい』などと声があがれば入居者は『必要とされている』と感じられる。より良い介護を求めるより、高齢者を地域資源と捉え、彼らが『活きる』道筋を考えています」(横木施設長)

必要とされていると感じることが、やりがい、生きている実感にもつながる。

「与えられる」だけでは残存機能も衰退してしまう一方。

「敷地内にある庭や畑では早朝から草むしり、手入れをする入居者の姿もあります。居室前にある花壇は入居者が自主的に管理しています。特別養護老人ホームでは入居に要件がいりますし、元気になったら退去しなくてはいけない。元気な時から入居でき、転んだりして骨折しても生活が続けられる場所をと、介護付き有料老人ホームを設立したのです」(篠崎常務理事)

新では要介護5から1にまで介護度が改善した入居者もいるという。

他の有料老人ホームから転居してきた人もおり、待機者40名という数字が運営の好調さを示している。

「新」の取組み(中) やりがいとケアの本質

「与える側にいないと老いていくだけ。人間らしくありません。与える側へのきっかけづくりは職員にとってのやりがいにも結びつく」(横木施設長)

新外観

別組織のカンパニー設立 「自分にしかできない」を

横木施設長は「STAY GOLD company」という別の組織の代表も務める。メンバーは8名ほどだ。

「メンバーのカフェの調理スタッフは元音楽活動家。ガーデンマスターという肩書を持つのは看護師です。介護ではアセスメントが重要としばしば言われますが、ニーズを把握して何を考えているのか理解する、というのではないと思うのです。それよりも、自分だったら何ができるかを考え、できることをすればいい。人を幸せにできればいいのです」(横木施設長)

組織のテーマは「自分にしかできない仕事をしよう」。新の職員でなくとも所属可能だ。

「役を決めた途端につまらなくなる」(横木施設長)ため施設内で行われる会議は基本的に自由参加だという。

厨房スタッフが入居者と畑で芋ほりをするなど日常での入居者との接点も多く、職種の垣根もない。

調理員のパートスタッフが入居者と旅行に行くこともある。

新の日々の様子、取組みはブログやインスタグラムなどで発信していることもあり「合う人が長く勤めてくれるようになった」(篠崎常務理事)という。

SNSを活かすことは、一般の人、地域住民に対する「わかりやすいプロモーション」(横木施設長)。

それが、広告を打たずとも「人が来る」状況を生み出している。

横木施設長のケアに対する考えはシンプルだ。

「例えば、一般的によく行われている利用者全員の食事チェック表は意味がない。ケアに落とせていない。必要な人だけにすればいいと思うのです。目の前の利用者が食事を食べない理由はひとつではない。嚥下や咀嚼等の問題ではなく、家族に会えない寂しさから来ているのかもしれません。〇〇ケアなどとネーミングして、目の前の問題を難しくしてしまっているように思えるのです。認知症ケアは、『あなたのことが大好きです』と伝えるだけ。本質はシンプルなのではと思います」(横木施設長)

篠崎常務理事も説明する。

「認知症が進み歩き回り対応しきれないと言われ、転居してきた入居者がいますがここは視線が外へ行くように設計されていますし、カギを閉めることもなく自由です。外出しがちな入居者には携帯電話をもってもらうなどして、施設でこっそりGPSで検索し、最低限の安全確保を図っています」

まち、にいるような雰囲気

ただ、スタッフだけでの見守りに限界があるのも事実。

「警察も地域住民も優しく対応してくれます。みな家族のクレームを気にしていますが、腹のくくり方だけだと思います。社会ってウエルカムなんですよ。僕らが勝手に壁を作っているだけ」(横木施設長)

大切なのは家族との関係性だと篠崎常務理事は言う。

「週に一度は連絡を取る。寿司店に出かけることになった時、100円寿司などではなく、家族に『よく行っていた寿司店はありますか』などと聞けば家族は『真剣に考えてくれている』と伝わり、新での生活でケガをしたとしてもそれを伝えてクレームになることはありません。お互いに言いやすい関係を築いていることが大切だと思います」

「新」の取組み(下) 地域に開き、敷居を低く

新では、8月に小学生を対象としたサマーキャンプを開催する。「みんなで流しそうめん」や「コンポストづくり」、施設内の長い廊下を用いた「雑巾がけレース」など入居者との自然な触れ合いができるプログラムを用意している。

「小学生に対して『楽しく』感じる入居者も、『騒がしい』と感じる入居者もいると思いますが、日常と異なる雰囲気を感じることも大切だと思うのです」(篠崎常務理事)

「ケアの世界では弱者と強者、要介護者と介護者などと分かれますが、そうではなく『共にもたれつつ、共に生活している』ということを大事にしたい。建築を使ったり、人を活かしながらそれを表現しているのです」(横木施設長)

駐車場から一番近い場所にカフェがあるのも、駐車場とカフェの入り口の間に位置する「あすなろ教室」の目の前にある掲示板も、すべて計算されたうえでの配置だ。

いい意味での他力本願

様々なことができる環境が新は用意されている。

「カフェがあることでホームでの食事ではなく、入居者が家族を招くこともできる。カフェのお客さんが子どもに『ここで働きなさい』と言ってくれることもあります」(篠崎常務理事)

地域に開くことでそうした壁の低さも表現できるという。また、“地域が勝手に使える仕組み”も重要だと横木施設長は語る。

「勝手に使われるほうが人材を置く必要がないので運営もスムーズ。カフェの『みんなの図書館』も同じです。本を無償で置ける空間は用意して、地域による自主運営に任す。いい意味での他力本願です」

20畳の畳スペースがある「あすなろ教室」ではミニシアターが定期的に行われるほか、地域に貸し出しもしており、中学校の女子バスケットボールクラブの合宿に使われたこともあるという。

庭の手入れは入居者も行うが、園芸が得意な手伝ってくれることもある。

カフェの窓からコンポストが見えることも、カフェの珈琲に地域の焙煎所のものを使用しているのも、自然と地域住民、地域資源が混じり合えるような“仕掛け”とも言える。

「腰が低い人より、頭の低い人。どう懐に入るかが大切。用もない人、のほうが信頼できるでしょう」(横木施設長)

圧倒的な心地良さの裏にある、細かな環境デザインと工夫

ものづくりの居場所「TEPPEN工房」は地域住民にも開かれ自由に使える。廃材やタイル、木工道具が「散乱」しているが、「高齢者にどう安全に使ってもらうかより、格好良く使ってもらいたい。

TEPPEN工房

クオリティにこだわることは大切です」(横木施設長)といい、TEPPENとネーム入りのキャップや作業着がある。地域から依頼が来て、入居者がハンガー掛けなどを作ることもあるという。

各居室から畑が見えるようになっており、畑にいる入居者を見て短歌を詠む入居者も現れる。

また、畑とホーム内の土間もセットになるように設計したことで畑で採った野菜をサッと洗って、採れたてを食べることもでき、調理もできる。畑作業を終えたらお茶を飲んで一息…。そんなこともしやすい。

自然と外に出たくなる設計になっている一方で、ランドスケープデザインも伴い、ホーム内にいながら心地よい庭を眺めることができるのも特徴。

そもそも、ホームを建設する土地選びには時間をかけた。

「ホーム周辺に住宅が全くないのも寂しく感じさせます。ただ、住宅との距離が近すぎないことで多少の大きい音を出しても問題にはならない。周辺の住宅と適度な適度な距離があるのもこの場所を選んだ理由なのです」(篠崎常務理事)

「コンクリートだけの建物、病院のような冷たい空間だけのなかで過ごしていたら外に出たくなるのは当たり前です。昼間自由に外に出られる環境になっていたら、夜間に外に出ようとは思わなくなる。出入りを制限して、“昼間は監視の目が厳しいから、手薄になる夜に外に出よう”と考えるのは人間として当たり前の感情」(横木施設長)

車椅子でも利用しやすい、梁がないテーブルや椅子は那須市の個人工房から特注したものだという。

浴室にはヒノキ風呂、露天風呂を導入。

廊下や通路を曲げたり、幅を変えているのも歩きたくなるよう意図的に設計。

施設内の長い廊下 灯りや通路の幅にも工夫が

人間の行動特性を踏まえたトイレの位置など、こと細かな配慮がある。

「もともと心がデリケートな人が暮らすため、照明も明るすぎず、ほのかに照らすような照明を選択しています」

洗濯や裁縫ができる「マザーコーナー」が1階にも2階にもある。

マザーコーナー

「職員用のランドリーコーナーや浴室に1、2台洗濯機がある施設は多いと思いますが、専用のランドリーコーナーを設けました。入居者は我々が思っているよりも自分で洗濯します。下着はもちろん、自分の衣類を洗うことでプライドが保てるのだと思います」(篠崎常務理事)

子連れ出勤も可能で、キッズルームもある2階には体調が悪くても居室から出てきて他の入居者と交流できるように足湯スペース、開放的で眺めの良いカウンター席、図書コーナー、子どもと料理ができる高さの異なる調理台を設けた食堂など、ひとつひとつの工夫を挙げたらきりがないほどだ。

ホームの一角に設けられた黒板には入居が読んだ俳句がズラッと書き込まれている。

「おやつだよ ほくほく新ジャガおいしいな “新”の畑もりっぱなものよ」

1983年生まれ ライター。武蔵大学社会学部卒。埼玉県出身、現在は香川にて、介護職の夫と3歳の娘と暮らす。 高齢者住宅新聞フリー記者として、介護・福祉・医療分野を長く取材。 地域社会、コミュニティ、多世代、ごちゃまぜ、建築、シェアハウス、まちづくり、オーガニック、食といったキーワードに飛びつき、介護・福祉・医療とはコミュニティであり、まちづくりという観点を持ちながら、フットワーク軽く取材をこなす。 時々、高校野球をテーマに原稿も執筆。

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